「大人になる途中」という時代——エマージング・アダルトフッド論|かささぎ通信

あなたは今、「もう子どもではないが、まだ大人でもない」という感覚を持ったことがあるでしょうか。心理学者ジェフリー・J・アーネットが2000年に提唱した理論は、その感覚に初めて名前をつけました。



18歳を過ぎても親元に暮らし、職を転々とし、結婚も子育ても「いつかのこと」として先送りにする——そういう若者を見て、かつては「大人になれない」と批判する声が多く聞かれました。「パラサイトシングル」なんて言葉が流行った時代もあります。しかし、それは本当に「なれない」のでしょうか。それとも、社会がそれを許容し、むしろ奨励するような時代になったということなんでしょうか?

アメリカの発達心理学者ジェフリー・J・アーネット(Jeffrey Jensen Arnett)は、2000年に発表した論文の中で、10代後半から20代にかけての時期を「エマージング・アダルトフッド(emerging adulthood)」——日本語に訳せば「成人萌芽期」あるいは「浮上する成人期」——と名付け、これが青年期(adolescence)でも成人前期(young adulthood)でもない、固有の発達段階であると論じました。

エマージング・アダルトフッドは、18歳から25歳という年齢層を中心に、人口動態的にも、主観的にも、アイデンティティ探索という観点からも、他のどの時期とも異なる独自の発達段階である、とあーネットは主張しています。

— Arnett, J. J. (2000). Emerging adulthood: A theory of development from the late teens through the twenties. American Psychologist, 55(5), 469–480.

なぜ、いまこの理論が必要とされたか

20世紀半ばまで、西洋社会では18〜21歳ごろには多くの人が学校を離れ、働き始め、結婚し、親になるという移行が一般的でした。「青年期」の終わりと「成人期」の始まりはほぼ連続しており、その間に長い「探索の時期」ははっきりとは存在しませんでした。

しかし20世紀後半以降、高等教育の普及、女性の社会進出、労働市場の変化、価値観の多様化などが重なり、結婚・出産・就労の時期は大幅に後ろ倒しになりました。10代後半から20代前半の若者は、以前と比べてはるかに多くの「役割の選択肢」と「自由な時間」を与えられるようになります。これは、「選択肢」であり「自由」であると同時に、「悩みの種」にもなりますよね。

アーネットはこうした変化を踏まえ、既存の発達理論では捉えきれない新たな段階を理論化する必要があると考えたのです。

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エマージング・アダルトフッドの5つの特徴

アーネットは、この時期を特徴づける5つの側面を提示しています。

1 アイデンティティの探索

恋愛・仕事・世界観など、人生の根本にかかわる問いを積極的に探索する時期。答えを固定せず、さまざまな可能性を試みることが中心的な営みとなる。

2 不安定性(instability)

住まい・仕事・恋愛関係が流動的で変化しやすい。この不安定さは「失敗」ではなく、探索の過程として理解される。

3 自己焦点化(self-focus)

義務や責任よりも、自分の欲求・目標・発達を中心に置く傾向。これは自己中心性ではなく、成人としての役割を担う前の探索的な集中を意味する。

4 中間感覚(feeling in-between)

「もう青年ではないが、まだ完全な大人でもない」という主観的な感覚。多くの若者がこの「どちらでもない」という感覚を報告する。

5 可能性の感覚(possibilities)

未来が開かれており、自分の人生を変えるチャンスがあるという楽観的な感覚。貧しい家庭で育った若者でも、「自分は違う人生を生きられる」と感じる傾向がある。

「大人になる条件」についての問い直し

アーネットが行った調査で興味深いのは、若者が「大人になった」と感じる基準についての問いです。結婚や経済的自立、職業的な定着といった外的な指標を挙げる割合は意外に低く、最も多く挙げられたのは「自分自身に責任を取ること」「自立した意思決定ができること」「他者への配慮」といった内面的・心理的な基準でした。

調査のポイント

アーネットによれば、若者が「大人になった」と感じる際に重視するのは、結婚・就職・独立といった社会的な節目よりも、以下のような個人的・内的な変化です:

これは、成人性の基準が「社会的役割の取得」から「心理的な成熟・自律性」へとシフトしていることを示しています。現代の若者にとって、「大人になる」とは特定の出来事(結婚・就職)によって決まる出来事ではなく、緩やかな内面の変容として経験されるものなのです。

文化的文脈——どこでも当てはまる話ではない

アーネット自身が論文の中で明確に述べているように、エマージング・アダルトフッドはすべての社会・文化に普遍的に存在するわけではありません。この段階が成り立つためには、若者が「役割の探索」に費やせる時間と自由が社会によって保障されている必要があるからです。

経済的に豊かで高等教育が広く普及した社会、あるいは若者の選択の幅が大きく保障されている社会でのみ、この段階は顕在化するとアーネットはいいます。伝統的な農村社会や、早期の結婚・就労が規範化されている社会では、そもそもこのような探索期間が存在しないことが多いのです。

また、同じ社会の中でも、階層・ジェンダー・文化的背景によって、この段階の経験の仕方は大きく異なります。アーネット自身もこの点について、今後の研究課題として言及しています。

日本社会では、かつて精神分析家の小此木啓吾先生が『モラトリアム人間の時代』で当時の若者層に見られた「大人になることを拒み、選択を先延ばしにする心理状態」を分析しました。

本来、心理学者のエリクソンが提唱した「モラトリアム」は、社会に出る前の「アイデンティティ形成のための執行猶予期間」を指しました。しかし、小此木先生はこれを日本社会の文脈に合わせ、以下のように定義しました。

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青年期との違い、成人前期との違い

従来の発達理論では、10代の「青年期(adolescence)」の後に「成人前期(young adulthood)」が続くとされてきました。しかしアーネットは、この二区分では、18〜25歳頃に起きていることを適切に捉えられないと主張しています。

青年期は依然として親の管理下・学校制度の中に置かれ、独立した選択の余地が限られています。一方、成人前期は比較的安定した役割(職業・配偶者・家庭)を持つことが前提とされてきました。エマージング・アダルトフッドはその両者の「あいだ」にある——制度的拘束を脱しながらも、役割の安定化にはまだ至っていない——固有の空間として位置づけられます。

「さまよい」は病理なのか

この理論が提起する最も重要な問いのひとつは、アイデンティティの探索や不安定さを「未熟さ」や「問題」として捉えるべきかどうかということです。

アーネットの視点は明快です。探索と不安定さは、この時期に固有の正常な発達プロセスであり、それ自体を病理化すべきではありません。むしろ、この時期に多様な選択肢を試みることが、後の安定した自己形成につながる可能性があるのです。

この理論が今日の私たちに問いかけるもの

「もう大人なのに」「いい加減に定まれ」——そのような言葉で20代の探索を批判することは多いでしょう。しかしアーネットの理論は、そうした視線に対してひとつの問いを返してくれます。

私たちが「早く大人になれ」と言うとき、私たちは何をそんなに急がせているのでしょうか。そして、探索の時間を十分に持てた人と持てなかった人とでは、後の人生においてどのような違いが生じるのでしょうか?

「浮上する成人期」という言葉は、完成されてはいないが着実に何かへと向かっていくさまを示唆しています。それは、あいまいさの中に宿る、静かな可能性の時代なのかもしれません。

参考文献

Arnett, J. J. (2000). Emerging adulthood: A theory of development from the late teens through the twenties. American Psychologist, 55(5), 469–480. https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.5.469

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