アダルトチルドレンと家族関係

アダルト・チルドレンという言葉を聞くと、阪神大震災の後の神戸の街並みを思い出します。

そのころ私は、大学院に在籍しながら、「こころのケアセンター」で被災地支援のための仕事をしていました。避難所や仮設住宅をめぐって、抑うつ的な人、アルコールの問題がある人、人間関係のことで悩んでいる人などのお話を聴き、必要なサポートを提供する仕事です。

神戸にはボランティアをしている個人や団体がたくさん活動していました。
ボランティアの方々と出会って話をする機会も多かったのですが、そのなかでよく聞いた言葉が「アダルトチルドレン」でした。

ボランティアのなかで少なからぬ数の人たちが、自分や仲間のことを「アダルトチルドレン」だと話していたのでした。

アダルトチルドレン(Adult Children:AC)とは、親がアルコール依存症であるとか虐待があるといった機能不全家族で育ち、大人になってもその体験がトラウマとして残っている人を意味することばです。

もともとは、「アルコール依存症の親の元で育って成人した人(Adult Children of Alcholocs)」といい、1970年代にアメリカの福祉関係者のあいだで使われていました。

医学的な診断や学術的な用語ではなく、若い人たちが自分の抱える生きづらさやうまくいかなさに対して「そうか、私はアダルトチルドレンだったんだ」と自己認識するような働きをもった言葉として広がったと言えます。

日本では、1990年代半ばくらいから、アダルトチルドレンに関する本が何冊も発刊されるようになってきたと記憶しています。

斎藤学『アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す』
信田さよ子『「アダルト・チルドレン」完全理解』
など、今調べてみたら、1996年に出版されたとのことです。

アダルトチルドレンには、いくつかのタイプがあるとみなされています。

おどけた風をよそおって道化師を演じているけれども、内心は孤独や無力感を感じている人たち。

優しくて思いやりがあり世話好きだけれど、自信がなくて、嫌といえない人たち。

あるいは、家族の期待を一身に背負って、完全主義的に努力し続ける人たち。

いずれのタイプの人々も、自己肯定感や自信の乏しさがあるため、人や仕事に依存してしまいやすい、共依存や愛情の問題を抱えやすいといった特徴をもっています。

阪神大震災のボランティアの人たちのなかに自分を「アダルトチルドレン」だと言う人がいたのは、時代的にこの言葉が認知されていたという理由ももちろんあるでしょう。

また、全国各地からボランティアに駆けつけてきてくれた方の中には、自身のトラウマ体験とテレビで見た被災地の光景が「共鳴」して、「いてもたってもいられなかった」と話していた人もいます。

アダルト・チルドレンのチェックリスト

つぎに挙げるチェックリストを読んで、自分にあてはまる項目に印をつけてみてください。

自分に自信がもてない

人からほめられても素直に受け取れない

ほどほどがわからない

完璧主義だ

落ち込みやすい

自分を大切にできない

自傷やアルコールなどへの依存がある

イライラして、ちょっとしたことで怒りを爆発させることがある

自分には価値がないと感じる

嫌と言えずになんでもひきうけすぎてしんどくなる

認められたいという気持ちが強すぎる

他人に合わせすぎて自分がないと感じる

感情が麻痺しているように感じる

親密な人間関係をもつのが怖い

自分のことがわからない

居場所がなくて孤独だ

目上の人の前でひどく萎縮してしまう

他人の目がとても気になる

人生を楽しめない

自己批判が強い

ずっと生きづらいと感じてきた

こうした特徴がいくつもあてはまる(そしてそれが長く続いている)という場合には、アダルトチルドレンの傾向があるといえるかもしれません。

虐待・トラウマとアダルトチルドレン

アダルトチルドレンと呼ばれるような人たちは、家族関係の中で心の傷(トラウマ)を負っていることが多いのです。

それは、身体的虐待や性的虐待、心理的虐待のようなはっきりしたトラウマ体験のこともありますし、もっと目に見えにくいかたちで、自尊心を損なわれてきたということもあります。また、両親のケンカやDVを目撃することも、子供に大きな不安を喚起して、傷つき体験となる場合があります。

あからさまな虐待や暴言でなくても、「過度な期待」に応えることができない子どもが、自己否定に陥ることも多いのです。

ずっと「いい子」であろうと頑張って生きてきたのに、それでも親に認めてもらえない。

そういう体験が重なると、健全な自己肯定感は育ちません。

PTSD(心的外傷後ストレス障害)とカウンセリング

共依存

家庭が安心できる場所ではないと、「私はここにいてもいいんだ」「このままの私でも受け入れられるんだ」という自己肯定感や自尊心がしっかりともてないまま成長することになります。

人は誰しも、「認められたい」「必要とされたい」という承認欲求をもっていますが、アダルトチルドレンは「自分には価値がない」と感じているため、自分を犠牲にしてまでも他人を支える役回りを取りやすいのです。

自分と相手がお互いに過剰に依存しあって、その関係性にがんじがらめに縛られている関係への嗜癖状態を「共依存」と呼びます。

愛着障害との関連

アダルトチルドレンは、精神医学でいうところの「愛着障害」とも関連が深いと考えられます(すべてが重なる訳ではありませんが)。

愛着障害とは、母親などの養育者との愛着関係がうまく形成されず、情緒や人間関係の面で問題が起こることを指しています。

最近では、「大人の愛着障害」が書籍などで取り上げられることもあります。子供の頃の愛着障害を引きずったまま大人になると、成人してからも親密な愛情関係に問題が生じることがあるのです。

愛着障害については、

愛の心理学―4つの愛着スタイルと愛着障害

もご覧ください。

「毒親」について

「毒親」という言葉は、米国の精神科医スーザン・フォワードの『毒になる親 一生苦しむ子供』(講談社)という本に由来しています。

「毒親」と聞くと、どきりとしてしまうようなインパクトのある言葉ですが、それだけに多くの人の心に刺さったといえます。この言葉も、アダルトチルドレンと関連が深いと思われます。

過干渉や児童虐待といった不適切な親子関係によって、子供に「毒」となる影響を与える親を意味しています。「毒母」「毒ママ」「毒父」「モラ父」と言った呼び方もあるそうです。

こうした「毒親」に関する本を読んで、カウンセリングに来談される方もおられます。

『母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き』『母と娘はなぜこじれるのか』『毒親の棄て方 娘のための自信回復マニュアル』など、毒親に関する多くの本が出ています。

アダルトチルドレンからの回復

では、アダルトチルドレンから回復して、自尊心や自己肯定感をもって生きるには、どうしたらいいのでしょうか?

ジュディス・ハーマンが『心的外傷と回復』で述べたトラウマからの回復のプロセスは参考になるでしょう。

ハーマンは、トラウマからの回復は「安全」「想起と服喪追悼」「再結合」の3つの段階からなると論じています。

「安全」の段階には、まず問題を名づけ、自己コントロールを回復し、安全な環境を創造することが含まれます。

「想起と服喪追悼」には、「ストーリーを再構成する」「外傷性記憶を変貌させる」「喪失を悼む」と言ったプロセスが含まれています。

そして「再結合」の段階では、ハーマンは「たたかうことを学ぶ」「自分自身と和解する」「他者と再結合する」「生存者使命を発見する」「外傷を解消させる」と言ったテーマを挙げています。

災害や事故、事件のような単回性のトラウマと、アダルトチルドレンのようなより長期に渡る傷つき体験では、当然のことながら回復プロセスに違いもあります。

しかし、「安全」と「自己コントロール」を手に入れ、傷つきや喪失を自分の物語として語りながら追悼し、他者や自分とのつながりをつくっていくということは共通していると思われます。

〈わたし〉の物語をつむぐ

『アダルトチルドレンと家族』を著した斎藤学先生は、「私・物語を語ることの意味」として次のように述べています。

グリーフ・ワークの基本は「自分について語る」ことです。自分というものについての物語を編むことです。それが悲惨なものであれ、平板なものであれ、あなたの語る「私・物語」があなたです。

斎藤先生の言うグリーフ・ワークとは、ハーマンの「服喪追悼」と共通していると思われます。ハーマンが、「ストーリーを再構成する」と述べていることとも重なります。

アダルトチルドレンは、自分ではなく、誰か他の人(たとえば親)の物語を生きさせられてきたのだと考えられます。

だからこそ、アダルトチルドレンからの回復には、「私・物語」を語ることが大切なのです。

かささぎ心理相談室のサイトのトップページにも、次のように書いています。

人生という旅路において、私たちはさまざまな困難と出会います。手を尽くして、なんとか乗り越えられることもあるでしょう。でも、自分なりに努力しても、空回りばかりでうまくいかないことだってあります。

それは、もしかしたら、自分の物語を生きているつもりで、誰かの物語を生きさせられているからかもしれません。
少し立ち止まって、鵜呑みにしてきた他人の価値観を横に置いてみましょう。そして、私たちといっしょに、あなたが「本当のところ、何を感じていてどうしたいのか」というこころの声に耳を傾けてみませんか?

それが、あなたの人生の物語のはじまりです。

 

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