かささぎの巣

京都の寺町通りに、鳩居堂(きゅうきょどう)という老舗の文房具店があります。
有名なお店なので、ご存知の方も多いかと思います。
創業は1663年、江戸時代初期とのこと。創業350年(!)を超える、老舗中の老舗ですね。
とはいえ扱われているものは文房具という日常品なので、比較的気軽に入れます。
やや薄暗い店内に入ると、筆記具と紙にまつわる品々が丁寧に並べられていて、そのたたずまいを眺めているだけで、すっと静かな気持ちになります。

先日、ふとしたことでこの鳩居堂さんの名前の由来を知りました。
中国のこれまた古い古い詩集、『詩経』のなかにある一節から名づけられたそうです。

「維鵲有巣 維鳩居之」(これカササギの巣あり これ鳩これに居る)

巣を作るのが下手な鳩は、かささぎの巣に仮住まいする、という意味なのだとか。
あら、こんなところにかささぎが!と嬉しくなってしまいました。

かささぎはさまざまな神話や物語にひょっこり登場しますが、ここでは巣作りの上手な鳥としてうたわれているようです。
器用で好奇心の強い鳥なので、具合のよさそうな小枝をぱっとみつけて、ささっと巣をかけるのでしょうか。
そのかささぎの作った巣で、巣作りの下手な鳩がほっと一休みする。
なかなかよい光景です。

かささぎ心理相談室も、この詩の光景にあやかりたいなあと、連想が広がりました。
とはいえ、私たちカウンセラーは、不動産屋さんのように物理的な居場所を提供することはできないし、結婚相談所のように家族をつくるお手伝いもできません。
私たちにできることがあるとすれば、こころが傷ついたり疲れたりしているときに、少し安心して羽を休められる場所を提供すること、でしょうか。

ふたたび飛びたてるまで、少しのあいだ仮住まいする場所として使ってもらってもいいし、
自分の好きなことや大切にしたいことという「小枝」を探して、自分らしさという「巣」をつくっていく足がかりに使ってもらうこともできるかもしれません。
「アイデンティティ」なんていうのも、さまざまな刺激や価値観、誘惑があふれた現代社会のなかに私たちがつくる、こころの居場所としての鳥の巣みたいなものと思えば、ちょっと楽しいですね。(A)

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