リストカットの心理と、やめたいときの対処法

病院や学校でカウンセラーとして働いていると、リストカットなどの自傷がやめられなくて困っているという人と出会うことがしばしばあります。

自傷とは、意図的に自分の身体を傷つける行為を意味しています。

彼女たち(女性が多いので、こう呼びます)は、手首を切るリストカットだけではなく、腕や足を切る、あるいは叩く、焼くといった方法で、自分を傷つけずにはいられないのです。

カミソリやハサミなどの道具を使うこともあれば、爪でひっかいたり、自分を噛んだりすることもあります。

10代の若い人の1割ほどはリストカットなどの自傷を行った経験があると言われています。しかし、どういう気持ちで自傷をするのか、どう対応したらいいのかといったことは、あまり知られていません。

どのような心理で自傷をしてしまうのか、「リストカットをやめたいけどやめられない」ときにどのような工夫ができるのか、また、家族や友人などの周りの人々はどう助けたらいいのか、といったことを書いてみます。

リストカットの心理–鎮痛薬としての自傷

でどうして痛い思いをしてまで自分を傷つけるのでしょうか?

リストカットなどに対して「注目を惹こうとしてアピールしているんだ」などと言われることがありますが、自傷行為は一般的には誰も見ていないところで行われていますし、人に言わずに秘密にされるほうが多いのです。

確かに「この苦しみを自分ではどうしようもできないから、助けてほしい」といったニードで自傷が行われることもあります。けれども、当事者たちは「切るとちょっとだけ安心する」「不安を感じなくなる」「すっきりする」といったことをよく言います。

過去のトラウマを思い出させるような出来事が引き金となって、フラッシュバックが起こることがあります。こうしたとき、強い不安や心の痛みを体験するのですが、リストカットをするとそれが少しだけ「まし」になると言う人もいます。

言ってみれば、不安や心の痛みを鎮めるための「鎮痛薬」として自傷しているわけです。

なぜ自傷による身体の痛みが心の痛みを鎮めるのでしょうか? 習慣的に自傷している人の血液を調べるとエンケファリンといういわゆる脳内麻薬に似た物質が大量に分泌されていることが研究で確かめられているそうです。自傷することで、脳内麻薬が生産され、それによって心の痛みや不安が沈静化されると考えられています。

また、自分ではどうしようもない不安や苦痛を、自傷によって少しでもコントロールしようという「自己治療」の試みでもあるのでしょう。

痛みが現実へと引き戻してくれる

このように、自傷は不安や心の苦痛を鎮めて少しでも安全感を取り戻そうという試みです。このとき、「解離」という心の働きで、つらい感情や記憶を切り離していると考えられます。

一方では、解離による無感覚状態や「現実感がない」「生きている実感がない」といった離人感がつらくて、「現実」に戻るために自傷する人もいます。

痛みが現実へと引き戻してくれることもあるのです。

その安心は長続きしないし、自傷はエスカレートしやすい

「誰にも迷惑かけてないんだからいいじゃないですか」

「リストカットで安心するんだから、それを取り上げないでほしい」

という人もいます。

確かに、先ほども書いたように自傷は「自己治療」の試みでもあるので、頭ごなしに「やめなさい」と否定することはできません。そんなことを言えば、せっかく打ち明けてくれた人も心を閉ざしてしまうでしょう。

自分を傷つけている本人たちの気持ちも、

「私なんてダメな人間だから、こんなふうに傷だらけになって当然だ」「止められたくない」と感じている人から、「なんとかしてやめようと思っているけど、自分1人では難しい」という人まで、さまざまだと思います。

だから止めずに見守っておけばいいのか、と言われるとそうとも言い切れません。

自傷で得られた安心や「ハイ」な気分は、長続きしないものです。

その後で、「またやってしまった」と罪悪感に駆られたり、自分にうんざりしてしまうことも多いでしょう。

家族や友人への「秘密」が増えることで、悩みや苦しみを一人で抱え込んでしまいやすくなります。孤独や苦しみが増して、再びリストカットしてしまう、という悪循環につながることもあります。

最初は少し傷つけるだけでスッとしていたのに、だんだん慣れて、より深く切らないと落ちつかないというように、自傷がエスカレートしていくこともよく見られます。「鎮静効果」がだんだん弱くなってしまうのです。

先にも書いたように自傷は自殺を意図して行なわれるのではなく、「生きるため」の手段なのですが、エスカレートしていくと死に近づいていくことにもなります。あるデータでは、10代のころの自傷の経験は、その後10年の自殺のリスクを数百倍も高めるのだそうです(1)。

また、自傷によってイヤな感情や体験から逃げることが習慣になると、もっと現実的な対処法や解決法が育たないといったこともあります。

依存症(アディクション)としての自傷

『自傷からの回復』(V.J.ターナー)では、自傷を「依存症(アディクション)」の一種として捉えています。そして、自傷行為やほかのアディクション(アルコールや薬物依存、過食など)から回復するためには、次の3つの領域が大切だと書いています。

  1. 身体面の回復
  2. 感情面の回復
  3. スピリチュアルな面の回復

自傷した傷の手当といった身体面での回復の後(あるいはそれと並行して)、不安や怒り、悲しみといった感情的な問題を取り扱う必要があります。

リストカットがネガティブな感情から逃げ出すための方法になっていた人が自傷をやめると、こうした感情や蓋をしていたトラウマに向き合わなくてはならなくなります。一人だけでは困難なことなので、しっかりと頼ることができる人や環境が必要です。また、自傷以外の方法で、ネガティブな感情に対処する方法を身につけていくことも大切になります。

もうひとつの「スピリチュアルな面の回復」は、日本の文化からは少し違和感のある表現かもしれません。

人生で体験する孤独感や空虚感を埋めてくれること、あるいは「生きる意味」を見つけること、と言い換えてもいいでしょう。

スイスの精神科医カール・ユングは、アルコホリクス・アノニマス(アルコール依存症の人たちの自助グループです)の草紙やビル・ウィルソンに宛てた手紙で、アディクションからの回復には「全体性の獲得」が必要だと述べました。全体性(wholeness)は、heal(癒し)、holy(聖なる)といった言葉と同じ語源を共有しているのです。

著者の臨床心理学者ターナーさん自身が、かつて自傷を繰り返していた当事者であり、そこから回復してきた人でもあるとのことでした。

感情を鎮めるための工夫

『自傷からの回復』から、「感情を鎮め、緊急状態から抜け出すために、あなたにできること」を紹介します。

といっても、50項目もあるので、できるだけ簡潔に挙げることにします。どれか一つくらい、「やってみてもいいかも」と思えることがあるかもしれません。ここに挙げた以外にも、きっとたくさんあなたができることはあるはずです。

  1. 助けを求める。
  2. 「安全な場所」を見つける。
  3. 深呼吸する。
  4. ゆっくり10まで数える。
  5. 祈る。
  6. 委ねる(ターナーは自傷を依存症モデルで考えているので、アルコール依存の自助グループなどと同じく、自分を越えた「ハイヤーパワー」に委ねることが大切だといいます)。
  7. 瞑想する(マインドフルネス瞑想など)。
  8. 氷のバケツに手を入れる。
  9. 泣く。
  10. 感情をきちんと感じて自覚する。
  11. 書く 日記やメール、詩、あるいは言葉の羅列など。
  12. 聴く 音楽、あるいは静寂を聴く。
  13. 描く クレヨンなど好きな画材で絵を描く。
  14. 赤い水性ペンを使って、腕に切り傷を描いてみる
  15. ペットを可愛がる。
  16. 何かを食べる(感情が昂っているときにはカフェインは避けましょう)。
  17. 柔らかくて触り心地のよい服を着る(ぬいぐるみを抱っこする、という人もいます)。
  18. 誰かを助ける。
  19. 家の掃除をする。
  20. 歩く 外を散歩してみる。
  21. 身体を動かす。スポーツをする。
  22. 買い物に行く。
  23. クロスワードパズルや計算など、脳を鍛えること。
  24. 何かに集中する ジグソーパズルや編み物など。
  25. 読書する(読書療法やシネマセラピーなど)。
  26. 絵を見る。
  27. ニュースを観る。
  28. 子どもと過ごす。
  29. 映画館に行く、ビデオを観る、ゲームをする。
  30. 社会的活動に参加する(他人の手助けをすることは、自分の幸福にもいい影響を与えます)。
  31. 教会やお寺に行く。
  32. 山や森、海などで自然散策。
  33. ネガティブな状況を立ち去る。
  34. 宿題を終わらせたり、家事をするなど、何かをなしとげる。
  35. 「将来の目標」や「心待ちにしていること」などのリストを作る(観たい映画、行きたい場所、会いたい人、読みたい本などのリストもいいですね)。
  36. セルフヘルプ本のワークシートをする。
  37. ドライブに出かける。電車やバスに乗る。
  38. 美術館や博物館に行く。
  39. 髪を切ったり、いつもと違うファッションを試してみる。
  40. リラックスする。昼寝をする。
  41. 「感謝の気持ち」を持つ。
  42. 大きな声で歌ってみる。
  43. 踊る。
  44. ロールプレイする。いい状況や結果を想定して、それを演じてみる。
  45. 料理する。
  46. アルバムをめくって写真を見る。
  47. ネットサーフィンをする。
  48. 自分が達成してきたことを確認する。
  49. シャワーを浴びる、入浴する。
  50. 神様に、(自傷のことなどの)強迫観念を取り除いてくれることを感謝する。

 

ターナーさんは、自傷を依存症モデルで理解していて、回復についてもアルコホリクス・アノニマスの12のステップなどを参考にしています。そのため、「ハイヤパワー」や「神様」といったような宗教的な表現がよく登場します。このあたりは、「神社に行く」とか「お寺で坐禅を組む」あるいは「お地蔵さんをお祭りする」といったように、それぞれにしっくりとくる活動に置き換えるといいと思います。

感情を鎮めるために自分ができそうなことを、カードなどに書いておいてもっておく(あるいは部屋のよく見えるところに貼っておく)というのもいい方法です。

自傷に代わるスキルを身につける

ここで挙げたようなことは、「散歩する」「歌う」などどれも簡単にできそうなことですが、感情的に不安定になっているときには苦痛な感情や記憶から距離を取ること自体がとても困難になります。

こうした対処法は、「スキル」として、普段から練習しておかないと、いざというときに使うことはできません。「台風の日には海で泳ぐ練習はできない」のです。

『自傷行為治療ガイド』(3)には、次の9種類の置き換えスキルが取り上げられています。重なるところはありますが、まとめる意味もあるかと思うので、こちらも紹介してみます。

  1. 否定的な置き換え行動
  2. マインドフル(気づき)呼吸法
  3. 視覚化テクニック
  4. 身体的エクササイズ
  5. 書くこと
  6. 芸術的表現
  7. 音楽を演奏する/聴く
  8. 他者とのコミュニケーション
  9. 気紛らわしのテクニック

否定的な置き換え行動

自分の身体を傷つける代わりに、赤いマーカーで傷を描く、輪ゴムを腕にはめてパチンと打つ、消毒用のアルコールなどのすっとするものを塗るといった行為で置き換えるというものです。

あるいは紙や布を切ったり、お皿を壊すといった行動で、イライラや衝動を発散する人もいます。

こうした置き換え行動は、自傷の再発をまねきやすいと考える専門家もいますが、短期的な方法としては効果があります。

マインドフル(気づき)呼吸法

もともとは仏教に由来する瞑想法ですが、臨床やビジネスなどにも取り入れられつつあります。Googleが社員研修に用いていることなどでも知られています。

マインドフルネスとは、「今、ここの気づき」を意味する言葉です。

リストカットをしているときは、不安や怒り、過去の記憶などに呑み込まれて(あるいはふりまわされて)、「今、ここ」の現実とコンタクトできなくなっています。

マインドフルネスを身につけることで、みずからの心を落ちつかせることができるようになりますし、食べることや皿洗い、散歩などの日常の活動も、マインドフルに行なうことで、情緒の安定が得られます。

「今、ここ」を増やしていくことは、トラウマのケアにも効果があります。

詳しくは、「マインドフル呼吸法」「マインドフルネス」といった言葉で検索してみてください。適切な本やサイトを見つけることができると思います。

視覚化テクニック

快適でリラックスできる、安全な光景をイメージすることで、自分を落ちつかせようという方法です。普段から、映像でとらえたり、絵を見るのが好きな視覚優位な人には特に適しています。

気持ちのいい海岸に寝転んでいるところや、自分が水になったり、あるいは鳥になって空を飛んでいるところを想像するのが好きな人もいます。

身体的エクササイズ

身体を動かす活動が適している人もいます。感情的な爆発やトラウマのフラッシュバックは、アドレナリンの分泌などの身体的・生理的反応をともないます。

生理的に身体を沈静化するために、適度な身体的な活動が効果的なのです。

ランニングやヨガ、ストレッチ、水泳、散歩、武道など、自分にあったエクササイズを探して、定期的に取り組むということは、精神的・身体的な健康と安定に役に立ちます。

いつでもできるように、簡単なヨガのポーズや気功などを覚えておくのもひとつの方法です。手足や身体をのばしたり、ぶらぶらさせたり、あるいはごろごろするだけでもいいんです(猫ヨガと呼んでいます)。

書くこと

言葉は、圧倒的な感情や感覚から距離を取るための役に立ちます。自傷のきっかけから終わりまでを、行動することなく、文章で表現するという方法が勧められることもあります。

また、日々の出来事や感情を、日記に書くことにも意味があります。「書く」ことは「筆記療法」ともいい、ストレスを減らす、記憶力を改善する、血圧を下げるといった効果も確かめられています(4)。

物語や詩、短歌などを作ることも、優れた自己治療となる可能性があります。

芸術的表現

絵を描いたり、粘土をこねて何かを創ってみるということを好む人も大勢います。

絵が苦手な人は、塗り絵や、クレヨンでぐるぐる描きをするだけでもいいのです。あるいは、雑誌などから気に入った写真を切り抜いて、画用紙に貼りるける「コラージュ療法」をしてみてもいいと思います。かささぎ心理相談室では「いろがみコラージュ法」のワークショップを開催したことがあります。

「視覚化テクニック」で取り上げたような「安全でリラックスできる場所」を絵に描いたり、あるいは好きな画家のポスターなどを手に入れるのもいい方法です。部屋に貼っておいて、いつでもその安心感を思い出すことができるようにしておくのです。

音楽を演奏する/聴く

好きな音楽を「マインドフルに」聴いたり、あるいは楽器を演奏するのもいい方法です。Youtubeなどで、昔通っていた小学校の校歌を聴いたら懐かしくて気持ちが落ち着いたという人もいました。「歌ってみる」「踊ってみる」あるいは「鼻歌」や「ハミング」だけでもずいぶん気分は変化します。

あまり激しすぎる音楽や、あるいは悲しい音楽は、かえって気持ちをかき乱してしまうこともあります。音楽の効果で「悲しみ」にどっぷりつかってしまうのがいいのか、あえて気分を変える曲を選ぶのか、今の自分にはどちらが適しているかという視点から選べるといいかもしれません。

他者とのコミュニケーション

不安になったり、イライラして自分を傷つけたくなったときに、話ができる人をつくっておきましょう。家族や友人に電話したり、あるいは電話相談の番号をメモしておくこともできます。メールなどで相談できるところも増えてきました。

いつでもというわけにはいかないでしょうが、医師やカウンセラーに定期的に相談することも、「置き換えスキルや対処法をいっしょに考えて工夫する」という意味でも有効です。相談先はどこ? 失敗しないカウンセラーの探し方、選び方

気紛らわしのテクニック

自傷したくなったときにその衝動から気を逸らすためのさまざまな方法方法です。「テレビを見る」「猫をなでる」「パソコンゲームをする」「部屋を掃除する」「車を洗う」「お菓子を作る」などなど、少しでも気がまぎれるならなんだっていいのです。その場しのぎの方法ではあるので、他の置き換えスキルを身につけるまでの橋渡しにするといいでしょう。

リストをつくる

置き換えスキルや対処法のリストをカードに書いて、目につくところに置いておくということは先にもお伝えしました。

他にも、「感謝できることのリスト」や「回復したい理由リスト」「目標と願いごとリスト」なども役に立つことがあります。認知療法を応用して、「否定的な思い込みのリスト」を作っておいて、ネガティブな考えにはまりこんでしまわないように工夫することもできます(2)。

家族や周りの人のかかわり方

「自傷なんてしてはいけない」「親からもらった身体を大切にしなさい」と、頭ごなしに否定したり、「正論」を述べても、問題の解決にはつながりません。また、感情的に反応してしまうことも、かえって事態をこじらせます。

といったことが求められます。

カウンセリングでお手伝いできること

自傷をする人が、カウンセラーのもとに相談に来たときにも、基本的な対応は上で述べたようなことになります。医学的なケアが必要かどうか、病院や学校などの関係機関と連携を取る必要があるか、本人が望んで来たのかそれとも家族や周りの人の勧めでしぶしぶやってきたのか。

そういったことを見立てた上で、置き換えスキルをいっしょに工夫したり、あるいは仕事や生活、人間関係などがよりうまくいくようにサポートしていきます。

自傷には心の痛みを感じないようにするための対処という意味があると書きましたが、カウンセリングを通じて自分の感情に触れることができるようになれば、自傷に頼らずに気持ちを言葉にしたり、他者に助けを求めることも可能になっていきます。

孤独感や虚しさを感じることが減り、気づけばリストカットをしなくなっていた。そして「こんな私でいいんだ」と自己肯定感をもって生きていけるようになる。

こうしたお手伝いができるよう心がけています。

(1)松本俊彦『自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント』講談社、2015年

松本先生の本は、リストカットなどの自傷をしている当事者を対象にした本です。一般向けには『リストカットー自傷行為をのりこえる』 (林直樹、講談社現代新書、2007年)も参考になります。

以下の本は、支援者や専門家向けに書かれています。

(2)V.J.ターナー『自傷からの回復』みすず書房、2009年

(3)B.W.ウォルシュ『自傷行為治療ガイド』金剛出版、2007年

(4)S.J.レポーレ+J.M.スミス編、余語真夫他訳『筆記療法 トラウマやストレスの筆記による心身健康の増進』北大路書房、2004年

神戸/芦屋/西宮のかささぎ心理相談室

 

前の記事:
次の記事: