反すう思考(ぐるぐる思考)を止めるには―『三年とうげ』

私たちは、現実をいつも客観的に見ているわけではありません。

その人なりの「色眼鏡」や「フィルター」を通して、世界を見ているのです。

このような現実の受け取り方を、心理学では「認知」と呼んでいます。ひとりひとり感じ方も違えば、それまでの経験だって異なります。ですので、同じような出来事と遭遇しても、それぞれの色眼鏡を通した体験はみな違うのです。

ときにこの色眼鏡が極端に偏りすぎることもあります。

「また失敗した」「きっとうまくいかないに違いない」「どうせ自分はダメなんだ」

こんな色眼鏡や思い込みで自分や現実をとらえていると、ますます落ち込むし、いっそう不安になることでしょう。そして、適切な行動がとれなくなっていくのです。

反すう(ぐるぐる)思考と抑うつ・不安

「反すう(反芻)」とは、本来は、牛が胃袋から何度も草を吐き戻しては口の中で噛むことを言います。うつ病や不安障害の「思考の反すう」は、自分の過去の失敗や欠点などをいつまでもくりかえし考えては落ち込む、といったことを指しています。反すうの傾向が強い人ほど、より抑うつや不安を体験しやすいし、それが長引くということが研究で確かめられています。

「なんであのときうまくいかなかったんだろう」

「どうして私はいつもダメなんだろう」

と「なぜ」「どうして」と繰り返し考えても、この「なぜ」は自分を責める言葉になってしまっているので、「なぜなら私には能力がないからだ」「価値がないからだ」とネガティブな自己イメージばかりが浮かんできます。

では、この「思考の反すう(ぐるぐる思考)」から逃れて、より建設的に考えるためには、どうすればいいのでしょうか?

三年とうげ

小学3年生の国語の教科書に『三年とうげ』という朝鮮の民話がありました。

不安と思い込みの関係について、よく表現されていると思ったので紹介します。こんなお話です。

あるところに三年とうげとよばれるとうげがありました。なだらかで美しいとうげですが、昔から「このとうげで転ぶと三年しか生きられない」という言い伝えがありました。

ある日、おじいさんがとなり村へ行った帰り道、三年とうげで石につまづいて転んでしまうのです。

おじいさんは真っ青になってがたがたふるえました。

そして家に帰っておばあさんにしがみつき、おいおい泣きながらこういいます。

「ああ、どうしよう、どうしよう。わしのじゅみょうは、あと三年じゃ。三年しか生きられぬのじゃあ。」

その日から、おじいさんはごはんも食べずにふとんにもぐりこみ、とうとう病気になってしまいました。おばあさんの看病のかいもなく、おじいさんの病気はどんどん重くなるばかり。

そんな言い伝えなんて信じて病気になるなんて、ばからしい。

そう思うかもしれません。

けれども、私たちが「不安」をふくらませて悩んでいるときは、たいてい、このおじいさんと同じように何度も何度も心の中で「わしのじゅみょうは、あと三年じゃ」といったようなことを反すうしているのです。

「反すう」というのは、牛が4つのいぶくろと口で繰り返し、草を噛んで消化することを指す言葉です。

心理学で「思考の反すう」という場合、牛が草を食むみたいに、「思考」を心のなかでいつまでも繰り返しているということを表しています。

この「思考の反すう」が、心の健康にとてもよくない影響を与えるのです。

不安が強い人は、「三年とうげ」の言い伝えと似たような「思い込み」を心のなかでいつまでも反すうしています。

不安と3つの思い込み

不安が強い人は、次のような思い込みにとらわれやすいのです。

  1. 「私はいつも完全に仕事をこなしていないといけない」「失敗してはダメ」といったパフォーマンスに対する思い込み
  2. 「本音を話すと、きっと嫌われるに違いない」といった自分の行動がよくない結果を引き起こすという思い込み
  3. 「私はダメな人間だ」「つまらない人間だ」といった根拠のない自分自身に対する思い込み

こういうとき、人は周りに目を向けるゆとりを失います。

おじいさんは、おばあさんのことや毎日の仕事のことを忘れて、「わしのじゅみょうは、あと三年じゃ」と自分のことばかりに目を向けています。

自分のことに注意を向けすぎると、たいてい「よくないこと」が目につきます。

食欲がなければ「食べられなくて死んでしまうだろう」、頭が痛ければ「恐ろしい病気に違いない」、鏡を見れば「こんな陰気な顔をしているから皆に嫌われているにきまってる」。

当然、どんどん落ち込むし、自己否定は高まるし、これまでできていたことも回避するようになります。

思い込みを変えるには―認知再構成、あるいはリフレーミング

さて、『三年とうげ』のおじいさんはその後どうなったでしょう?

おじいさんが病いにふせってしばらくたったある日のこと、水車屋のトルトリという若者が見舞いにきて、こんなことを言いました。

「おいらの言うとおりにすれば、おじいさんの病気はきっとなおるよ」

おじいさんはふとんから顔を出して、「どうすればなおるんじゃ」と尋ねます。

「三年とうげでもう一度転ぶんだよ」

とトルトリは言うのです。

「わしにもっと早く死ねと言うのか」

と驚くおじいさんに、トルトリはこう伝えます。

「一度転ぶと、三年生きるんだろ。二度転べば六年、三度転べば九年、四度転べば十二年。このように何度も転べば、ううんと長生きできるはずだよ」

おじいさんは「なるほど、なるほど」とうなずいて、ふとんからはね起きると、三年とうげに行ってわざと何度もひっくり返りました。

こうして、おじいさんはすっかり元気になり、おばあさんと幸せに長生きしたというお話です。

おじいさんの「わしのじゅみょうは、あと三年」という思い込みは、トルトリの言葉によってまるっきり見え方が変わります。

これまで自分をしばっていた「思い込み」を別の角度から眺めて違う見方をすることは、認知行動療法で「認知再構成」と言ったり、あるいはブリーフセラピーで「リフレーミング」と呼ばれている技法と同じようなことをしているのです。

不安を生み出すような「思い込み」は、言わば「呪い」のようなものです。

不安をずっと心のなかで反すうしている人は、自分自身に呪いをかけているようなものなのです。この呪いをとくためには、「思い込み」にとらわれないか、あるいはそれを変化させるしかありません。

ときどき自分がどんな「思い込み」にしばられているかを検討してみて、「違ったとらえかたもあるのでは」と別の角度から眺めてみると、不安にとらわれずに生きてけるでしょう。

反すう思考を止めるには

リフレーミング以外にも、反すう思考を止める対処法はいくつかあります。人によって、うまくいく方法、やりやすい方法は違うでしょうから、自分に適したやり方を見つけてください。

身体を動かす

ヨガやストレッチなど、身体の緊張をほぐすような運動をしてみましょう。シンプルに、肩に力を入れてぎゅっと上げてすとんと落とすだけでもいいです。あるいは、散歩をしたり、走るのがいいという人もいます。

近所の公園でブランコに乗ったり、鉄棒にぶらさがってみるのもいいかもしれません。

お手玉やジャグリングをすると、意識がそっちに向くので、反すう思考を和らげることができます。

あんまりしんどいことはできそうにないというひとは、空や広いところを見て、上下左右に目を動かしてみるということをしてみてください。

紙に書き出す

考えていることを紙に書き出してみましょう。ひととおり書き終えたら、その紙を丸めてゴミ箱に捨ててしまってもいいです。

ノートをつくって、そこに書き出したら、あとはしまっておくというのでもいいです。

五感を変える

冷たいものを飲む、おいしいコーヒーを淹れる。シャワーを浴びる。お香を焚く。ぬいぐるみに触れる。粘土やパンをこねてみる。

視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚などを刺激すると、チャンネルが少し変わります。

音楽を聴く・楽器を弾く・歌を歌う

五感の中でも、特に聴覚を使って、反すう思考からシフトしてみることもできます。

歌を歌うのが苦手な人は、ハミングでもいいでしょう。

マインドフルネス

マインドフルネスとは、「意図的に、今この瞬間に、価値判断することなく注意を向けること」と定義されています(ジョン・カバットジン)。

反すう思考から、少し距離を取って「観察」することで、思考に飲み込まれることを避けやすくなります。

【参考文献】

大野裕『不安症を治す:対人不安・パフォーマンス恐怖にもう苦しまない』幻冬舎新書、二〇〇七年

李 錦玉・朴 民宜『さんねん峠』岩崎書店、一九八一年

さんねん峠―朝鮮のむかしばなし (新・創作絵本 21)

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