グリーフケアとカウンセリングー喪失体験の心理学

グリーフケアとは

グリーフ(grief)とは、英語で「死別による深い悲しみ」「悲嘆」などを意味する言葉です。家族や友人など身近な人との死別を体験すると、人は深い悲しみや傷つきを感じます。

時薬で時間が経てば少しずつ癒されていくこともありますが、一人でなんとか乗り越えようともがいても苦しみから抜け出せなかったり、抑うつや無気力で生活に支障をきたすこともあります。

亡くなり方が自死であったり、あるいは犯罪被害であるといったような、さらに困難な苦しみが起こることもあります。

苦しみや傷つきを周りの人と共有できずに、あるいは理解されずに、一人で抱え込んでしまうと、「複雑な悲嘆」と呼ばれる病的な心の状態に陥ってしまい、そこから出てこれなくなってしまうこともあります。

グリーフケアとは、遺族のメンタル面を適切にサポートし、悲しみを乗り越えていくことを助けるような関わりのことを指しています。

喪失体験の対象は人だけではありません。

ペットを亡くす(ペットロス)、故郷を失うといった体験も、深い悲しみを呼び起こします。東日本大震災のときに、住み慣れた街を津波で根こそぎ奪われた人や、福島原発の事故で故郷に帰ることができなくなった人たちも、こうした悲嘆を抱えておられると思います。

伝統的な社会において喪失と悲嘆を支えてきたもの

大切な人を失うという体験は、人生において避けがたいことでもあります。

伝統的な社会では、葬儀などの儀礼を通じて、人々が喪失体験を共有し、悲嘆を抱えてきました。家族や親族、地域の共同体が、人々がグリーフワークを行うための器になってきたのです。

日本でも、お通夜があり、葬儀や告別式があり、節目ごとの法事があります。そこで故人と親しい人たちが集まることで、喪の作業が進んでいきます。

今でもこうした儀式の役割は大きいものだと考えられます。けれども一方では、核家族化や独居の人の増加、共同体の役割の変化などにより、葬儀やセレモニーによって喪失体験を抱え、グリーフワークを促進するということが難しくなってきているのも確かです。

遺族の喪失体験と感情のプロセス

大きな喪失体験をすると、これまでのような人間関係や感情生活を営むのが困難になり、世界がまったく変化してしまったと感じることがあります。

「どうしてあの人は亡くなったのか」

「私がああしておけば、こうしておけば、避けられたのではないか」

「なぜ私にこんな苦しみがもたらされたのか」

といった答えの出ない問いかけを、自分に問い続けますが、大切な人を失った穴は埋められないままです。

喪失への反応は、身体的な反応、心理的な反応として表れます。また、行動や生活、人間関係が変化することもあります。

こうした反応は、異常なものではなく、大切な人とのつながりが失われるという体験への正常な反応です。

愛する人を失ったときの情緒的反応

家族や友人など、親しい人を亡くしたときの情緒的反応としてよく見られるものは次のような感情です。

否認

愛する人が亡くなったという事実を受け入れられないという反応です。突然の予期せぬ死(事故や災害、自死など)の場合には、尚更、認めたくないという気持ちは強くなるでしょう。

悲しみと抑うつ感

悲しみや抑うつといった感情は、遺族にとって自然な反応です。ただし、残された人が死への願望を持っていたり、精神的に不健康であるときには、病的な抑うつにつながりやすくなります。

罪責感と怒り

何かしてやれることがあったのではないかという罪責感や、置き去りにされた(と感じることへの)怒りなど、「愛と憎しみ」のような相反する感情が動くことも、普通に見られることです。

安堵の感情

長い闘病生活や看病が続いた後に亡くなった場合などに、「この人もやっと楽になれただろう」といった気持ちが動くこともあるでしょう。遺族も、無力感や疲労感を抱かせてきた看病から開放されて一息つけると感じることもあります。安堵の気持ちが罪責感を伴うこともしばしば見られます。

複雑性悲嘆

しかし、喪失から長い時間が経過しても変わらない激しい苦しみや悲しみから逃れられない人もいます。

一部の人に複雑化したグリーフが認められるとも言われており、「複雑性悲嘆」と名づけられています。

アメリカの精神医学の診断と統計のマニュアル(DSM-5)によると、「持続性複雑性死別障害」と名づけられています(この他にも、遷延的悲嘆、慢性悲嘆、回避的悲嘆、遅発性悲嘆,誇張的悲嘆、仮面的悲嘆など、さまざまな名称が使われてきました)。

日本における複雑性悲嘆の有病率は、0.7‐2.4%とのことで、うつ病やPTSDとはまた異なった症状や、ケアの必要性があると考えられています(日本における複雑性悲嘆)。

持続性複雑死別障害 Persistent Complex Bereavement Disorder

DSM-5による持続性複雑死別障害の診断基準は、次のように定められています。

A.親しい関係にあった人の死を経験。

B.その死以来、以下の症状のうち少なくとも1つが、そうである日のほうが、ない日より多く、臨床的に意味のある程度、残されたのが成人の場合は少なくとも12カ月、子どもの場合は少なくとも6カ月続いている。

  1. 故人への持続的な思慕/あこがれ。年少の子どもでは、思慕は、養育者や他の愛着をもつ人から離れまた再会するような行動を含む、遊びや行動として表れるかもしれない。
  2. 死に反応した深い悲しみと情動的苦痛
  3. 故人へのとらわれ
  4. その死の状況へのとらわれ。子どもでは、故人へのこの傾倒は遊びや行動の主題を通して表されるか

C.その死以来、以下の症状のうち少なくとも6つが、そうである日のほうが、ない日より多く、臨床的に意味のある程度、残されたのが成人の場合は少なくとも12カ月、子どもの場合は少なくとも6カ月続いている。

  1. 死を受け入れることの著しい困難。子どもでは、これは死の意味と永遠を理解する能力に左右される。
  2. 喪失を信じようとしない、または情動的な麻痺を経験
  3. 故人を肯定的に追憶することの困難
  4. 喪失に関連した苦しみまたは怒り
  5. 故人や死に関して、自分自身に対して不適応な評価をすること(例:自己非難)験
  6. 喪失を思い出させるものからの過剰な回避(例:故人に関連した人、場所、状況の回避;子どもでは、故人について考えることや感じることの回避も含むかもしれない)
  7. 故人と一緒にいたいために死にたいと願うこと
  8. 死以来、他人を信用できない
  9. 死以来、孤独である、または他人から切り離されていると感じる
  10. 故人なしでは人生は無意味で空虚と感じるか、故人なしでは機能することができないと信じる。
  11. 故人生における自分の役割に対する錯乱、または自己の同一性が薄まる感覚(例:自分の一部分が故人とともに死んだと感じる)
  12. 喪失以来、興味を追求したり、将来の計画を立てたりすることが困難である。または気が進まない(例:交友関係、活動)

D.その障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

E.その死別反応は、文化、宗教、年齢相応の標準に比して不釣り合いである、または矛盾している。

該当すれば特定せよ

外傷性死別を伴うもの: 殺人または自殺による死別で、(しばしば喪失を思い出させるものに反応して)その死の外傷的な性質、死の最期の瞬間、苦しみの程度、遺体のひどい損傷、あるいは悪意や故意による性質に、持続的に悲嘆にくれながらとらわれる。

※参考文献

『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)

複雑性悲嘆の評価尺度

複雑性悲嘆質問票(Inventory of Complicated Grief; ICG)を以下のサイトからダウンロードすることができます。

http://plaza.umin.ac.jp/~jcgt/pages02_3/index.html

Prigersonら(1995)によって開発された複雑性悲嘆の重症度を評価するための心理尺度で、複雑性悲嘆研究においてもっとも使用頻度の高いものです。

同じページに、

簡易版悲嘆質問票スクリーニング尺度(Brief Grief Questionnaire; BGQ)

遷延性悲嘆障害評価尺度(Prolonged Grief Disorder; PG-13)

も掲載されています。

悲嘆からの回復とレジリエンス

私たちは、喪失や悲嘆の体験からどのように回復するのでしょうか?

Worden(2008)は、大切な人を失った後、喪(mourning)のプロセスで取り組む必要のある4つの課題について書いています。

第一の課題は、「喪失の現実を受け入れる」ということです。まず初めに、大切な人は亡くなってしまい、もう戻ってはこないということを見つめる必要があるのです。

けれどもこのこと事態が困難な場合もあります。

東日本大震災の際の津波で家族を失った人たちは、その人が本当に亡くなったのかもはっきりしない状況のなかで辛い時間を耐えなければなりませんでした。

こうした、失ったことがはっきりしない喪失の体験は「あいまいな喪失」と呼ばれています。

あいまいな喪失では、喪失が不確かなため、「現実を受け入れる」というプロセスが難しくなることがあります。

第二の課題は、「悲嘆の苦痛に向き合う」ということです。誰だって大事な人を失った苦痛を感じたりはしたくないのですが、苦痛を回避しているとかえって悲哀のプロセスを長引かせたり、こじらせたりすることがあるのです。

第三の課題は、「亡くなった人のいない環境に適応する」ということです。現実的にその人が担っていた役割を引き受けることや、内面的な価値観や信念に与えた影響に適応することなどです。

第四の課題は、「亡くなった人との情緒的なつながりを見出し、新しい生活を生きる」ことです。

グリーフカウンセリング―悲しみを癒すためのハンドブック

グリーフ・カウンセリング

愛する人、大切な人を失ったとき、強い悲哀や抑うつを体験するのはごく自然なことです。

多くの場合、適切なサポートがあれば、時間とともに喪失を受け入れて、苦痛に向き合っていくことも可能でしょう。そうした場合でも、カウンセラーの専門的なサポートが役に立つ場合があります。

また、重い抑うつが長期間続く場合にも、医療的支援とともにカウンセリングが適していることがあります。

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