鬼は外!福は内! カウンセリングと鬼の関係

そういえば昨日は節分でした。

恵方巻きを食べ忘れてしまいました。

節分といえば、「鬼は外!福は内!」ですね。豆まきです。

昔、バリ島で手に入れた「魔女ランダ」のお面を被って鬼の役をしたら、子供達に本気で怖がられたことがありました。

節分はもともと「季節の区切り」という意味の言葉で、昔の人は季節が変わる時に悪い気(鬼)が出ると信じていました。そのため、「立春(春が始まる日)」「立夏(夏が始まる日)」「立秋(秋が始まる日)」「立冬(冬が始まる日)」の各季節の始まりの前日には、鬼を追い払う儀式を行っていました。

中でも、一年で最も重要なこの儀式が行われるのが立春の前日、つまり旧暦の大晦日です。この日は、一年間の悪い気を清め、新しい年を健康で迎えるための特別な意味を持っていました。このような理由から、立春の前日を「節分」と呼ぶようになったのです。

節分行事の起源は、「追儺(ついな)」という古代日本の宮中行事にあります。この行事は中国から伝わったもので、大晦日に邪気や疫病をもたらす悪霊を追い払う目的で行われていました。この「追儺」が、今日私たちが知る節分行事の基となっています。

吉田神社での追儺 『都年中行事画帖』(1928年)よりhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%BD%E5%84%BA

では、節分でなぜ鬼を追い払うのでしょうか?昔の人々は、自然災害や疫病、飢饉などの災いを「鬼の仕業」と見なしていました。節分で行われる鬼払いは、これらの災いを象徴する鬼を追い払い、平穏を取り戻すための儀式です。

節分に関連する鬼は、五色で表され、それぞれ人間の煩悩を象徴しています。「赤」は欲望、「青」は怒り、「緑」は怠慢、「黄(白)」は甘えや後悔、「黒」は愚痴や疑いを意味します。これらの色は、鬼を通じて克服したい煩悩を表していると言えます。

豆を使って鬼を払う習慣には、いくつかの理由があります。古くから五穀(米、麦、ひえ、あわ、豆)には精霊が宿るとされ、特に大きな粒を持つ豆が鬼払いに適していると考えられてきました。また、「魔を滅する」という言葉遊びからも、豆が選ばれるようになりました。

節分で「鬼は外、福は内」と声をかけるのは、見えない邪悪な力を追い払い、幸運を家に招くためです。この言葉は全国でよく知られていますが、地域によっては異なるかけ声を使うこともあり、その地域特有の文化を反映しています。

カウンセリングや心理療法の観点から見れば、「鬼」は、私たちの心の中にある、未解決の感情や出来事、人間関係などを表しているとも考えられます。

「鬼」は、自分の中の受け入れがたい感情や、見えていない部分だというわけです。

土居健郎先生が書かれた「隠れん坊としての精神療法」(「甘え」理論と精神分析療法 1997 金剛出版)という文章がとても好きでときどき読み返すのですが、そこでも、精神療法というのは、心の中の鬼(英語ではITと表現されます)を探すような仕事だと書かれています。

隠れん坊や鬼ごっこと同じで、ときに「鬼」の役は変わります。

家族の誰かや上司などに「鬼」役が振られたり(「うちの鬼嫁が」なんて表現する人もいますよね)、ときにはカウンセラーが「鬼」のように感じられることもあるかもしれません。

どれも、心の中の「鬼」が投影されている、と考えることもできるでしょう。

カウンセリングでは、この心の中の「鬼」とどう向き合うか、そしてそれを自分の味方に変える方法を探ることが大切なテーマになります。

「鬼」を敵ではなくて、味方にすることができれば、心は穏やかになりますし、自分自身を強くし、人生をより良く生きる力を育てることにつながります。

というわけで、「鬼は外!福は内!」

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