複雑性PTSDのカウンセリング・心理療法

複雑性PTSDとは

複雑性PTSD(Complex PTSD : CPTSD)は、2020年にICD-11(世界保健機関WHOの国際疾病分類第11版)に初めて記載された診断概念です。それは、幼少期からの繰り返される虐待やトラウマ体験の影響で、心身に症状が生じるような疾患です。ただしそれ以前からも複雑性PTSDの名前や、同じような概念は臨床家によって指摘されてきました。ここでは、複雑性PTSDの症状やその治療、カウンセリングについて紹介します。

トラウマとPTSD

地震や津波などの災害被害や性的暴力の被害は、トラウマ的出来事と呼ばれます。トラウマとは、こうした出来事によって生じた心の傷を指します。

ベトナム戦争の帰還兵とレイプの被害者などに、トラウマの再体験や回避、麻痺といった共通する症状が認められるところから、PTSDという診断が形作られてきました。

アメリカの精神医学会による最初の定義では、トラウマ的出来事は、「通常の人間が体験する範囲を超えた出来事で、ほとんどすべての人に著しい苦痛となるもの」と、個人の命にかかわるようなものと考えられていました。

現在のアメリカ精神医学会の診断基準では、実際の身体的暴行またはその脅威、実際の性的暴力またはその脅威、監禁、天災、重大な自動車事故など、かなり広い範囲の出来事がトラウマ的出来事に含まれています。

WHOによる調査では、日本で一生のあいだに生死に関わる体験(トラウマ体験)をする割合は約60%で、PTSDの生涯有病率は1.3%だとされています。これは、パニック障害の生涯有病率(1.0%)よりも大きく、したがってPTSDは珍しい疾患というわけではありません。

PTSDは、アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-Ⅲ(1980)に正式な診断として記載されました。

トラウマによって、特定の症状が1ヶ月以上続き、それによって生活する上での機能の生涯がもたらされたときにPTSDと診断されます。症状の持続期間が1カ月に満たない場合はASD(急性ストレス障害)と診断されます。

PTSDの症状としては、「トラウマの再体験」(フラッシュバックや悪夢など)、「トラウマ体験の回避」(トラウマに関連する人や場所、行動、状況などを回避する)、「過覚醒状態」(激しい怒りや自己破壊的行動、過剰な警戒や驚愕反応、睡眠・集中の困難)などが挙げられます。こうした症状が数週間もしくはそれ以上に渡って見られ、日常生活に大きな視床をきたすときにPTSDと診断されます。

複雑性PTSDの原因

PTSD(Post traumatic stress disorder)が、単回性のトラウマ(心的外傷)を中心にモデル化されてきました。

一方、複雑性PTSDは幼少期からの虐待やいじめ、DV、強制収容所の体験といった長期的で繰り返されるトラウマ体験が原因となっています。

複雑性PTSDは新しい概念なので、生涯有病率などの報告はまちまちのようですが、他の精神疾患として診断・治療されている人の中にも累積的なトラウマ体験を持つ人は多く含まれていると推測されます。

複雑性PTSDの症状と特徴

ICD-11はまだ日本語になっていないのですが、英語版のページだと複雑性PTSDは次のように定義されています。

Complex post traumatic stress disorder (Complex PTSD) is a disorder that may develop following exposure to an event or series of events of an extremely threatening or horrific nature, most commonly prolonged or repetitive events from which escape is difficult or impossible (e.g. torture, slavery, genocide campaigns, prolonged domestic violence, repeated childhood sexual or physical abuse). All diagnostic requirements for PTSD are met. In addition, Complex PTSD is characterised by severe and persistent 1) problems in affect regulation; 2) beliefs about oneself as diminished, defeated or worthless, accompanied by feelings of shame, guilt or failure related to the traumatic event; and 3) difficulties in sustaining relationships and in feeling close to others. These symptoms cause significant impairment in personal, family, social, educational, occupational or other important areas of functioning.

ICD-11

試訳を見つけたので紹介しておきます。

 複雑性心的外傷後ストレス症(複雑性PTSD)は,極度に脅威的または戦慄的な性質のできごとに一回以上曝露された後に発症することがある障害であり,最も一般的には,逃げることが困難もしくは不可能な,長期的もしくは反復的なできごと(例えば,拷問,隷属化,大量殺人,長期的ドメスティック・バイオレンス,反復的な小児期の性的虐待や身体的虐待)に曝露された後に発症する。複雑性PTSD は,PTSD の3つの診断要件は全て満たしているうえで,さらに以下のような深刻かつ長期的な特徴がある。1)感情調整における問題,2)外傷的できごとに関連した恥や罪悪感や失敗の感覚を伴った,自分自身が矮小で,無価値で敗北しているという信念,3)人間関係を維持し,他人と親密になることの困難。これらの症状は,個人的,家族的,社会的,教育的,職業的またはその他の重要な生活領域において重大な障害を引き起こす。

ICD-11における complex PTSD 概念の臨床的意義

(1)の感情調整の困難は、自傷行為や性的逸脱行動、過食や依存症その他衝動的な行動につながります。また、解離症状などが強いと、体験や意識の連続性が失われます。

(2)は、自己の感覚の変化です。極端にネガティブな自己感覚を持っているような状態で、自己組織化の障害とも呼ばれています。

 慢性的な抑うつ感や自己否定、希死念慮などとも関連しています。

(3)反復的なトラウマは、他者や世界への信頼感を損ない、肯定的な対人関係を維持することを難しくしてしまいます。他者が皆、信頼できない、危険な存在として認知されてしまうと、表面的な関わりにとどまるか、あるいは対人関係を回避し、孤立してしまいます。

複雑性PTSDとパーソナリティ障害

そのパーソナリティの特徴が、かなり極端なために、社会生活に支障をきたす人がいます。

パーソナリティの偏りや極端さから、人間関係や社会生活が送りにくくなり、本人が大きな苦痛を体験しているときに精神科などの病院で「パーソナリティ障害」と診断されることがあります。

いくつかのタイプに分類され、それぞれ特徴的な行動パターンを示すことが多いのです。

気分変動の激しさや衝動性の高さと共に、対人関係の不安定さや難しさが認められることが多いのが特徴です。

パーソナリティ障害と診断された人には、被虐待などのトラウマ体験を持つ人の割合が高く、症状や原因は複雑性PTSDととても似ています。

というより、従来、「パーソナリティ障害」と診断されていた人たちを、「複雑性PTSD」という視点から見てみよう、その方が、患者さん・当事者のメリットが大きいよね、というのがジュディス・ハーマンの主張だったと思います。

【参考】

パーソナリティ障害とカウンセリング・心理療法

境界性パーソナリティ障害のカウンセリング・心理療法

複雑性PTSDと愛着障害

愛着障害とは、母親などの養育者との愛着関係がうまく築くことができず、人間関係や情緒面の問題や「生きづらさ」が生じるような状態です。

乳幼児期に養育者と適切な愛着関係をもつことができないと、人が怖くて心を開けない、見捨てられるのが不安でしがみついてしまうといった傾向が表れることがあります。

複雑性PTSDがある人の多くは、愛着障害も併せ持っていると考えられます。

愛の心理学―4つの愛着スタイルと愛着障害

複雑性PTSDに関する書籍や資料

一般・当事者向けの本としては、こちらのウェブサイトでも以前紹介した『赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア: 自分を愛する力を取り戻す〔心理教育〕の本』(白川美也子、アスク・ヒューマン・ケア、2016年)、『トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること』(白川美也子、講談社、2019年)などをお勧めします。

専門書としては、『複雑性PTSDの臨床―“心的外傷~トラウマ”の診断力と対応力を高めよう』(原田誠一、金剛出版、2021年)、『複雑性PTSDとは何かー四人の精神科医の座談会とエッセイ』(飛鳥井 望、神田橋 條治、高木 俊介、原田 誠一、金剛出版、2022年)、『複雑性PTSDの理解と回復ー子ども時代のトラウマを癒すコンパッションとセルフケア』(アリエル・シュワルツ、金剛出版、2022年)といった書籍が最近、相次いで出版されています。

『精神療法』という学術誌では、第47巻第4号と5号で、続けて複雑性PTSDについての特集が組まれていて、興味深い論考が並んでいました(今、「中井久夫、安克昌と複雑性PTSD」という論文を読んでいるところです)。

飛鳥井先生、神田橋先生、高木先生、原田先生の退団は、動画にもなっていて、とても勉強になりました。神田橋先生には以前合宿で、鹿児島の温泉に連れていってもらったのを思い出して懐かしかったです(小学生みたいな感想だな)。

複雑性PTSDの治療とカウンセリング・心理療法

複雑性PTSDの治療では、一般的な精神科・心療内科ではまず、PTSDと同様に、落ち込みやイライラ、焦燥感などの気分の変動の激しさに対して薬物療法を行うことが多いでしょう。

薬物療法としては、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やその他の抗うつ薬、抗不安薬などが用いられることがあります。

ただし、日本トラウマティックストレス学会によるガイドラインでは、

ベンゾジアゼピン系抗不安薬は即効性の抗不安作用は認めるものの、PTSDの中核症状には無効である。また、薬剤性健忘や依存を形成しやすいため、長期連用は推奨されない

PTSDの薬物療法ガイドライン・初期対応マニュアル

とされていますので、主治医とよく相談しながら服薬することが大切です。

また、上記のガイドラインには、精神療法(心理療法・カウンセリング)について、

PTSD 患者の多くは精神療法が有用であり、求められる。治療者が患者の語りをよく聴き、それを理解して支持すること(支持的精神療法)は、患者との信頼関係の構築など、治療における基本的姿勢として求められる。とくに、トラウマに特化した認知行動療法(cognitive behavioral therapy: CBT)のエビデンスは豊富で、その有用性が実証されている。

PTSDの薬物療法ガイドライン・初期対応マニュアル

と書かれています。

認知行動療法だけでなく、EMDRやSE(ソマティック・エクスペリエンス)、STAIR Narrative Therapyなども、複雑性PTSDの心理療法としてのエビデンスを積み重ねつつあるようです。

*国立精神・神経医療研究センター「複雑性PTSD治療前進へ ~心理療法(STAIR Narrative Therapy)の成果~

STAIR とは、”Skills Training in Affect and Interpersonal Regulation”(感情調整や対人関係の困難さに対処するスキルトレーニング)を略した言葉だそうです。

集中的な呼吸法やなどのソマティックなアプローチや心理教育・認知行動療法などからなるプログラムです。

まずは、自律神経系の症状を抑えて、対人関係を安定させて、その上でトラウマに焦点づけられたナラティブ・セラピーを行うといった手順ですね。

長期間にわたる反復的なトラウマのサバイバーは、暴露療法のようなトラウマに焦点を当てた心理療法からは脱落する割合が高いことも、これまでの研究でわかっていますので、トラウマを扱う前に現在の生活や身体症状、睡眠、人間関係などを安定化させることが大切になってくると思われます。

といったことを鑑みると、特殊なアプローチをするよりも、まず地道に足元を固めていくのが安全なのだろうと考えます。このあたりは、治療者のオリエンテーションやタイプにもよるでしょうけれども。

以前に受講したことのある、トラウマに対するコミュニティ・レジリエンシー・モデルの心理教育動画を紹介しておきますね。トラウマやストレスと自律神経系の関係がよくわかります。

よろしければ、トラウマやPTSDに関連する記事もご一読ください。

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