愛の心理学―4つの愛着スタイルと愛着障害
「人間関係でいつも不安になる」「親との関係が影響している気がする」──そんな悩みを抱えていませんか?この記事では、神戸・芦屋エリアで愛着障害に対応するカウンセリングについて、最新の心理学的知見も交えてご紹介します。
今日は近代心理学において「愛」がどのように研究されてきたかということがテーマです。
親と子や恋人・夫婦などの親密な関係における情緒的な絆のことを、心理学では「愛着(attachment)」と言います。
「乳児が特定の人との密接な関係を求める傾向や、それらの人がいることにより安心する傾向」(『ヒルガードの心理学』)と定義されていますが、近年は乳児だけでなく、 青年期や成人してからの愛着スタイルの研究もよく行われているようです。
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愛着と母性の剥奪
「愛着」についての心理学理論は、ジョン・ボウルビィ(John Bowlby,1907-1990)という精神科医・精神分析家によって提唱されました。ボウルビィは、第二次世界大戦後の イタリアで孤児院などに収容された戦災孤児の調査を行い、母性的な養育と心身の健康的な発達が深く関係していることを明らかにしました。「母性的養育の剥奪」体験は、 情緒的な問題を引き起こすだけでなく、病気に対する免疫の低下や身体的な発育不良なども引き起こすのです。同時代の児童精神科医だったルネ・スピッツは、乳児期の剥奪 体験が心身におよぼす影響をフィルムに収めています。
Emotional Deprivation in Infancy by Rene A. Spitz 1952
ハーローによるアカゲザルの愛着実験
ハリー・ハーロー(Harry Harlow, 1905-1981)は、愛着の重要性を実験的に検証しようとしました。
アカゲザルと二つの母親の人形を使った、よく知られた実験です。
“The Nature of Love” Harry F. Harlow (1958)
ハーローは生まれたばかりのアカゲザルの子どもを母親から引き離し、二種類の母親代わりの人形で育てました。ひとつは針金でできたお母さん人形で、もうひとつは温かい 布のお母さん人形です。針金のお母さんには哺乳瓶が取り付けられています。それまでの心理学では、子どもは栄養を与えてくれる存在に愛着を示すと考えられてきました。
ところがアカゲザルの子どもたちは、明らかに布のお母さんを好んだのです。小ザルはおなかがすくと針金のお母さんからミルクを飲みますが、すぐに布のお母さんのところ にいくのです。音の出るびっくりするようなおもちゃを飼育小屋に入れるたときも、小ザルは怖がって布のお母さんにしがみつきます。ハーローはこうした実験から、愛着はミルクだけで生まれるのではなく、「接触の快適さがなににもまして重要だ」つまりスキンシップによって形成されるのだと考えました。スキンシップによって安心感を得ることができた小猿は、新しい環境や対象を探索することにもチャレンジします。人間だって、信頼できる人が見守ってくれているから一歩踏み出せるということは多々ありますよね。
ただしこの実験には後日談があります。ハーローは布の代理母によって正常な愛着が得られると考えたのですが、実際にはアカゲザルは、成長とともに自分を傷つけたり、仲間とつきあえ ないといったさまざまな問題を見せました。ごく常識的に考えれば、動きもしないしなんの反応もない代理母だけで育てられたのですから、他のサルと関係を持つのが難しい のも無理はありません。ハーローのこの実験はアカゲザルにひどいことをしたという批判も大きく、アメリカで動物実験の際の倫理規定が定められるきっかけともなったよう です。
『心は実験できるか―20世紀心理学実験物語』(ローレン・スレイター著、紀伊國屋書店)という本では、ハーローは確かに「愛」を心理学的に実証しようとしたけれども、 彼個人の愛情生活は破綻していたとかなり辛口に描かれていました。
愛着理論とストレンジ・シチュエーション法
「ストレンジシチュエーション法」とは、心理学者のエインズワースらが、愛着理論に基づいて考案した、乳児と母親の愛着の発達やタイプを明らかにする実験的な観察法です。
この動画に示されているように、よく知らない場所で母親(あるいは養育者)といっしょにいる子どもがどんなふうにふるまうかを観察します。 母親がその部屋を出て行き、見知らぬ人が入ってきたら、子どもはどう反応するでしょう? ある子は泣きだしますし、別の子は知らない人と遊ぼうとします。 しばらくしてその見知らぬ人が部屋を出て、母親が戻ってきます。このときも、子どもによって行動パターンが異なるのです。 エインズワースらの研究によって明らかにされた子どもの反応は、
- 安定型
- 回避型
- 葛藤型
- 無秩序型
の4つのタイプに分類されました。 安定型の子どもは、母親がいなくなると不安になって泣いたりしますが、母親が戻ってくるとそれを素直に喜ぶこともできます。「お母さんが帰ってきた!」と笑顔になってかけよったり、あるいは泣きながら抱っこを求めるといった反応ですね。母子関係には、信頼や適切な愛着関係が育まれていると言えます。母親も、子どもの感情や欲求に繊細に応じています。 回避型の子どもは、母親が部屋を出ても後を追ったり、泣いたりしません。愛着を示さず、母親との関わりもよそよそしいというか、距離を置きがちです。このタイプの子どもの母親も、子どもと距離があることが多いようです。 葛藤型の子どもは、母親からなかなか離れることができません。母親が部屋を出ていくと不安がってひどく混乱してしまいます。再会したときも、すぐに安心できずに混乱が続き、母親に対して怒るなど、不安定な愛着関係を示します。 無秩序型の子どもは、しがみついたり、回避したり、あるいは母親を責めるなど、愛着関係に一貫性がないことが特徴です。児童虐待の子どもなどに、このタイプの愛着関係が見られることがあります。また、このタイプの子どもの母親自身が情緒不安定な傾向を示すこともあります。
大人の愛着スタイル
エインズワースらが明らかにした子どもと養育者の愛着関係は、大人になってからの親密な人間関係にも影響を与えています。恋人や夫婦関係、親しい友人との関係などにも、愛着スタイルがあるのです。研究では、乳幼児期の愛着スタイルと、成人になってからの愛着スタイルは、かなり一致しているのだそうです。 大人の愛着スタイルは、「不安」と「回避」の二つの次元からとらえることができます。 親しい他者との愛着関係において、「不安」が大きい人は、「愛されていないのではないか」「見捨てられるのでは」「拒否されないか」といったことを過度に心配します。そして、できるだけ相手と近づきたい、離れたくないと願います。 一方、「回避」が大きい人は、他者との間に情緒的な距離を置き、どんなことでも自分一人でやろうとします。人は信じられないし、愛せないので、自分だけが頼りだと感じているのです。 「不安」と「回避」の二つの次元の組み合わせで、成人期の愛着スタイルは4つのタイプに分類されます。
自律・安定型
不安が少なく、回避もしていない、健康な愛着スタイルをもった人たちです。他者を信頼して関わることができるし、親密な関係をもつこともできます。自分自身も安定していると言えます。
とらわれがた(不安型)
不安が大きく、相手にしがみつくタイプです。親密でありたいと強く願っていますが、安心して離れることができないのでしがみついてしまいます。他者からどう評価されるかということがとても気になり、拒否されたり、見捨てられることを過度に心配しています。
拒絶・回避型
不安は低く、他者と距離を置くタイプの人たちです。人のことは信用しておらず、感情表現を抑えて自分を律しようとしています。
恐れ・回避型
不安が高く、他者との関係を回避するタイプの人たちです。「他人は怖い」「きっと嫌われるに違いない」「どうせ人は私を見捨てて去っていくだろう」といったことを予期して、親密な関係を回避します。トラウマなどの傷つき体験を抱えた人などに見られます。
愛着障害(アタッチメント障害)とは?──幼少期の体験が今の人間関係に与える影響
愛着障害とは、乳幼児期に親や養育者との間で安全で安定した愛着関係を築けなかったことにより、生涯にわたって人間関係や情緒面に影響が及ぶ状態です。
「人が怖い」「親密な関係になると不安になる」「見捨てられるのが怖くてしがみついてしまう」──こうした“生きづらさ”は、もしかすると未解決の愛着の課題が背景にあるかもしれません。
WHOの定義:反応性・脱抑制型愛着障害
世界保健機関(WHO)のICD-10では、愛着障害を以下の2つの型に分類しています。
- 反応性アタッチメント障害(反応性愛着障害)
幼少期の深刻なネグレクトや虐待などにより、対人関係のパターンに著しい障害が見られます。情緒反応の乏しさ、過剰な警戒心、他者への攻撃性などが特徴です。 - 脱抑制型愛着障害
誰に対しても無差別に親しげに振る舞う、知らない人にも過剰に近づくなど、選択的な愛着が形成されず、社会的境界が曖昧になります。
これらは子どもの診断基準ですが、大人になってからも、解決されないまま愛着の課題を抱えている方は多くいます。
大人になってからの「愛着障害」のサインとは?
成人期に見られる愛着の問題は、以下のような特徴として現れます。
- 情緒が不安定で、傷つきやすい
- 対人関係で極端な不安や怒りが湧いてくる
- 他人の言動に過敏に反応してしまう
- 親や他者の顔色を過度にうかがう
- 自分に価値がないと感じやすい
- 人との距離感が極端(過度に近づきすぎる or 回避する)
- 人の愛し方がわからない
- 「見捨てられ不安」と「人間不信」が共存している
これらは「アダルトチルドレン」と呼ばれる状態と重なる部分もあり、過去の経験が現在の生きづらさに深く影響している可能性があります。
また、未解決の愛着の傷が原因で、
- うつ病
- 不安障害・パニック障害
- 境界性パーソナリティ障害
- 身体症状症(心身症)
などのメンタルヘルス問題につながることもあります。
いわゆる「アダルトチルドレン」とも重なる特徴を示すといえます。 また、こうした愛着障害がベースにあって、うつ病や不安障害・パニック障害、境界性パーソナリティ障害、心身症などのメンタルヘルスの問題が現れることもあります。
恋愛依存と愛着障害
愛着障害は、親密な人間関係に関わることですから、恋愛などにも大きな影響を与えます。「愛されたいのに、親密になると不安」「相手にしがみついてしまう」「逆に、見捨てられるのが怖くて自分から関係を切ってしまう」といった反応が見られます。
「成人愛着スタイル尺度」という心理テストには、
- 私は恋人に心を開くのに抵抗を感じる
- 私は恋人とあまり親密にならないようにしている
- 私は恋人があまりに自分と親密になってくると、とてもイライラしてしまう
- 私は見捨てられるのではないかと心配だ
- 私はひとりぼっちになってしまうのではないかと心配している
- 私が恋人のことを大切に思うほどには、恋人は私のことを大切に思っていないのではないかと心配する
といった項目が含まれています(1)。 見捨てられることを過度に恐れて、しがみついてしまう。 あるいは逆に、「見捨てられる前に自分から切ってしまう」という態度に出る方もいます。 また、親密な関係になること自体を恐れて、回避してしまうといったこともあるでしょう。 いわゆる恋愛依存症や、DVに脅えながらも逃げられないといった共依存(自分と相手の関係に過度に依存してとらわれてしまう)のような状態になることもあります。
【註】
(1)中尾 達馬, 加藤 和生, 成人愛着スタイル尺度 (ECR) の日本語版作成の試み, 心理学研究 Vol. 75 (2004-2005) No. 2 P 154-159
大人の愛着は変えられる──「成人愛着の可塑性」に関する研究
これまで「愛着スタイルは幼少期に固定される」と考えられてきましたが、近年では「安全な関係性や心理療法によって変化可能である」ことが明らかになっています。
近年の研究では、「安全基地となるような関係性の中で、愛着回避や不安傾向が緩和する」ことを実証しました。安定したセラピストとの関係が、内的作業モデルを書き換える可能性が示唆されています。
愛着障害とトラウマの関係──「複雑性PTSD」とは何が違うのか?
近年、世界保健機関(WHO)の診断基準「ICD-11」に新たに追加された**複雑性PTSD(CPTSD)**という概念が、愛着障害との関連性から注目されています。
複雑性PTSDは、戦争や災害など単発的なトラウマではなく、長期にわたる虐待やネグレクト、愛着関係の不全といった「発達性トラウマ」によって引き起こされるとされます。
心理学者ジュディス・ハーマン(Herman, 2022)や、発達神経科学者アラン・ショア(Schore, 2021)の研究では、「安全な愛着関係が持てなかったこと」がCPTSDの形成と深く関わっていることが指摘されています。
愛着障害のある人は、
- 感情のコントロールが難しい(情動調整困難)
- 自分を強く否定しやすい(自己否定)
- 他人を信じることができない(対人不信)
といったCPTSDの特徴と重なる傾向があります。
そのため、トラウマと愛着の両方にアプローチするような、統合的なカウンセリングや心理療法が効果的と考えられています。
神経科学が示す「愛着の再構築」──ポリヴェーガル理論とは?
「安全な人間関係の中でこそ、人は癒される」──そんな考えを神経科学の観点から裏づけるのが、**ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)**です。
この理論は、神経生理学者スティーブン・ポージェス博士によって提唱され、人が「安心できるかどうか」を脳と自律神経が無意識にスキャンしているという仕組みを明らかにしました。
特に注目されているのが「腹側迷走神経(ventral vagal system)」という神経経路です。
この神経は、信頼できる人との関わりや、優しいまなざし・声かけなどを通じて活性化され、「安心」「つながり」を感じやすくなると言われています。
こうした理論をベースにしたソマティック・エクスペリエンシング(SE)などのアプローチでは、身体感覚に意識を向けながら、トラウマや愛着の傷を安全に癒していくことができます。
愛着の傷を癒すには?──心理療法アプローチの比較と選び方
愛着障害の改善には、信頼できる人間関係の中で「安心」を再体験することが大切です。以下に、近年注目されている心理療法のアプローチを紹介します。
Emotionally Focused Therapy(EFT)
夫婦やパートナー間の愛着の問題に特化したアプローチです。パーソンセンタード・アプローチとフォーカシング、ゲシュタルト療法などを統合した心理療法です。EFTでは、安全な関係性を再構築するために、感情に焦点を当てた対話を行います。「私は本当はこう感じていた」と気づき、伝え直すプロセスを大切にします。
Mentalization-Based Therapy(MBT)
他人や自分の「心の動き」に気づき、理解する力(メンタライゼーション)を回復することで、衝動的な反応や対人トラブルを減らすアプローチです。
愛着障害でよく見られる「誤解」「過剰な読み取り」などのパターンに有効です。
内的家族システム療法(IFS)
自分の中にいる「傷ついた子ども」や「不安な自分」「怒りっぽい自分」と優しく対話し、理解していくプロセス。
防衛的な反応を手放し、自己との関係性を再構築します。
2021年の心理療法に関するメタ分析によると、MBTとEFTは、愛着スタイルを安定化させる効果が特に高いとされています。